2011年12月16日金曜日

『冷温停止状態宣言』はどう報道されたか:ドイツ・シュピーゲル・オンラインの場合(政府発表当日の記事)

本日の日本政府による『冷温停止状態』宣言には言葉を失いました。事態収束の肝はただひとつ、放射能発生の源である燃料を取り出し、完全に廃棄処理をすることです。燃料は今やどこにあるのか誰にもわかっていません。そして確かなのは、もともと燃料を密閉していた入れ物の中にはほとんど、もしくは全く燃料が残っていないということだけです。燃料が抜けてなくなってしまった後に残った、底に穴のあいた入れ物だけを見て、これが冷たくなっているからもう大丈夫とはこれいかに。危険物が通り過ぎて出ていってしまったので、何もなくなった場所ではもはや何事も起こりません、などというのは改めて宣言するようなことではありません。

 政府のこの、幼稚とも浅はかとも愚かとも間抜けともなんとも形容しがたい宣言を受け、政府・東電統合対策室は、事故発災後定期的に開催してきた東電福島原発事故に関する記者会見を、この日を持って打ち切ってしまいました。数少ないけれど心あるジャーナリストたちが粘り強く様々な問題を指摘し、重要な情報を引き出していた大切な機会だったのに。この事態を受け自由報道協会が主催した『福島原発事故の政府対応に関する緊急記者会見』の中で、この政府の対応を、明日以降日本のメディアがどう報道するのか、それに対して海外のメディアではどう報道されるのか注視しなければならない、との発言が出ていたのを興味深く感じ、ここにひとつ、今日ドイツの新聞に出た記事をご紹介しようと思います。拙い訳ではありますが、日本メディアの論調と比べてどうか、関心を傾けてお読みいただければ幸いです。また、間違いも多いと思いますので、ご指摘いただければ有難く存じます。

 ちなみにこの記事中では『冷温停止状態』は im Zustand der Kaltabschaltung となっています。英語に直訳するなら in the condition of cold shutdown 。また、記事の出た時間は、コメント欄の最初のものが15時28分(日本時間23時28分)となっていることから、その少し前と推測されます。

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原文はこちら

福島原発で冷温停止:東電には良し、住民にはどうでもよし
(2011年12月16日付/Cinthia Briseño 筆)

 政府の言葉によれば、壊滅的な福島第一原発が再び制御可能な状態になった。しかしドイツの原子力専門家はこう警告する:状況はいつでもまたひっくり返る可能性がある。そして住民にとっては、この原子炉冷温停止宣言は意味のないものだ。

 それは重要な告知になるはずだった。日本がこの状況をコントロールしているのだという裏付けに。そして、政府は約束を守ることができるのだということを示すはずだった。本日金曜日、首相は記者会見に臨んだ。

 喜ばしい福音を宣言するのを待ちきれないかのように、野田佳彦首相は予告より二時間早く全文を開示し、それは速報として即座に各メディアを通じて報じられた。福島第一原発は再び安定した状態になった。事故収束工程の重要な段階はその結果、予定された通り年末を待たずして達成された、そう野田首相は発表した。

 壊滅的なプラントの原子炉は「冷温停止状態になり、事態は収束した」と野田首相は、国の原子力災害対策本部の会合で述べた。日本政府はこの『冷温停止』という専門用語を、重要な節目として喧伝している。原子炉内の温度が100℃以下に下がった。その結果、原子炉圧力容器内の放射性燃料が安定した状態になり、理論的には制御不能の連鎖反応に至る可能性はもはやない。

 だが、ドイツ原子炉安全協会(GRS)の専門家は、冷温停止という概念の使い方を批判している。この言葉は通常運転時を前提にしており、事故の場合はその限りではない、とGRSの広報官はシュピーゲル・オンラインとのインタビューで解説した。「これは通常時のことを示唆しており、福島には当てはまらない」とスヴェン・ドクター氏は述べた。

 実際『冷温停止』は国際的に概念が確立している用語だが、そこには様々な定義がある。最も一般的な定義は、アメリカ原子力規制委員会(NRC)によって定められたものだとドクター氏は解説する。それによると冷温停止時には、三つの基準が満たされていなければならない。


  ・原子炉施設は稼働停止状態でなくてはならない。専門家は『臨界前』、つまり核分裂がこれ以上起こらないということに言及している。

  ・原子炉内部では圧力の上昇が支配的になってはならない。(稼働中は数十バールになる。)

  ・原子炉内部がある温度レベル、つまり100℃以下でなければならない。


 つまり福島では三つすべての基準が満たされているようだ、とGRSの専門家は言う。さもなければ、東京電力が申告した原子炉施設の放射能測定値は違ったものになっているはずだと。しかしながらまだ収束宣言はできないと言う。

 オーストリアの環境保護団体グローバル2000の原子力専門家は、原子炉内の温度は、本当ははるかに高いだろう、と以前から解説していた。「この時点で冷温停止に言及することは、意図的に嘘をつくことにほとんど等しい」とラインハルト・ウーリッヒ氏は言う。メルトダウンした燃料棒は圧力容器の底を通って溶け落ち、今やかたまりとなって格納容器の底に溜まっているかもしれない。そこでの温度は再びおよそ3000℃ほどになっているとも考えられる。

収束宣言には早すぎる

 だがGRSの専門家は、このシナリオはありえないと言う。3000℃程度の温度では、とうてい『かたまり』とは言えないだろう、燃料棒は液体になっいてるはずだからである、と。さらに100℃以上の温度になれば、再び水蒸気が原子炉上に立ちのぼり、高線量の放射能が観測されるはずだ、と。

 「手元にある温度測定結果からは、今のところは原子炉内での大規模な核分裂には至らないと言える」とGRSの報道官は言う。このような場合には、キセノン133やヨウ素131のような核分裂生成物がより多量に観測されるはずであるとのことだ。「しかしながら安定した状態は、場合によっては急速に変化する可能性もある」とドクター氏は言う。さらなる地震、新たに設置された冷却システムの電源喪失 --- 再び厳しい状況に陥るというシナリオは想像され得る。

 東京電力の技術者にとって重要な一歩となるかもしれないことは、立入禁止区域にかつて暮らしていた幾千もの人々や、今なお廃墟となった原発の周辺に生活する人々にとっては、ほとんど重要な意味を持たない。彼らは放射線に怯え、その土地からの汚染された果物、野菜、米あるいは食肉に怯えている。

 つまり、原子炉の冷温停止よりも大切なことは、さらなる放射能漏れを阻止することなのだ。それなのに、今なお放射性物質を含んだ水が、原子炉圧力容器の割れ目や穴から漏れ出ている。過去数ヶ月に渡って東京電力は、それがあまりに大量だったために、放射性物質を含んだ水を海に放出せざるを得なかったのだ。

 東京電力の工程表には、2012年に4号炉の貯蔵プールから燃料棒を運び出すことが予定されている。つまりこの原子炉は、この大事故が起こった時までに稼働停止していたのだ。それにもかかわらず、燃料棒が冷却のために貯蔵してあるプールのある、貯水槽の屋根は破壊されてしまった。つまり状況は安全には程遠い。「運び出しが本当にうまくいくなら」とドクター氏は言う。「安全という点では、はるかに重要な成功となるでしょう。」

(了)

2011年11月16日水曜日

【欧州放射線リスク委員会(ECRR)の評判が揺らいでいる】(作成中)

バズビー研究所は、欧州放射線リスク委員会 (European Committee on Radiation Risk, ECRR) のクリストファー・バズビー博士の研究所でマテリアル検査をする機関として設立されました。” ウェブサイト www.busbylab.com は、ページ幅いっぱいのクリストファー・バズビー博士の顔写真につづいて日本語でそう始まっている (太字強調はウェブサイトの通り)。イギリス人クリストファー・バズビー氏は、批判的な立場をとるヨーロッパの放射線専門家による連携団体ECRRの‘科学セクレタリー’である。バズビー博士は‘福島の子供たちのためのクリストファー・バズビー基金’の要請を受け、放射性物質検査を行うために研究所を設立した、と続く。この検査は人道的な見解から、また福島原発200km圏内の子供たち、および妊婦のために行われるという。毛髪と尿のウラニウム検査、土壌検査、飲料水および食品の放射性セシウム、プルトニウム239/240、ウラン238と235、ストロンチウム90、トリチウム検査がそれぞれ2万円~6万円で提供されている。

バズビー博士はまた、放射性物質が食品や土壌に広範囲で確認された今、チェルノブイリ時のような悲惨な結果を招かないためにも、それらの放射性物質に対して的確に対応していく必要があると考えた、とそのサイトにはある。“その結果、バズビー研究所は、バズビー博士の長年の科学的なデーターと経験に基づいた放射性物質飛散地域で必要であると考えられるサプリメントを、アメリカで最も、安心できる工場に製造を頼みました。

“バズビー研究所”の栄養補助サプリメント“フォーミュラ1”の成分は次のとおりである:乳酸カルシウム800mg、酸化マグネシウム300mg、セレン酸ナトリウム50μg、モリブデン酸ナトリウム25μg、加えてセルロースと充填材。価格は5,800円。総分量は記載されていない。

さらにこのバズビー研究所ホームページ上には www.4u-detox.com というサイトがたびたびリンクされており、“デトックス”のための秘密めいたサプリメントや入浴剤など、他の様々な品々に並んで“フォーミュラ1”が示されている。

バズビー氏は問いに答えてこう説明する。※[訳注1]。「安定ヨウ素剤が、放射性物質の甲状腺への影響を防止するのと同様に、カルシウム、マグネシウムの特定量の摂取を行い、ストロンチウム、ウラン、プルトニウムのDNAへの結合を防止します。」バズビー氏はビデオでそう説明している。しかしながら、その根拠や効果の裏付けは提示されていないし、そのつもりもないようだ。実際、日本でもドイツと同じように、当局側からは、栄養補助食品についてのそうした立証は求められていない。こういった商品はこちらでも、あちらでのように自由に購入可能だ。

クリストファー・バズビー基金(CBFCF)はジェームズ・ライアンというスポンサーによって設立される、とバズビー氏は説明するが、実際には運営されていないようだ。この基金は日本に放射線測定器を設置するというが、これもおそらく実行されていない。また、この基金は子供たちの避難を援助するためのものということでもあるのだが、それも同様に行われていないとみられる。

しかしながらこのウェブサイトは変更されないままだ。日本では、これらすべてのことがブログやインターネットフォーラムで批判的にコメントされており、ECRRの問題とされている。西洋文化圏とは異なり、日本ではまず肩書きで判断され、それからようやくその人自身が判断されるのだ。

バズビー基金は“フィッシング詐欺”を行なっており、バズビー氏はよく知られた詐欺会社の再販品を提供しているということも考えられる。もしかすると氏自身も詐欺グループに担がれているのかもしれないが、もし仮にそうだとしても、放射線障害が広く明るみに出る一方で、それに対する薬が他方で喧伝され、法外に高い値段で売られているのだとしたら、人はそれを、科学者倫理とは相容れない利益相反と呼ぶに違いない。反原発運動の一部では、バズビー博士はともかくも大きな権威を有している。もしこの件をこうして放っておくなら、放射線被害者は沈黙へ導かれるだけになってしまうかもしれない。反原発運動が、こういったことを通して広まっていったり、活動が損なわれたりすることのないように、広く警戒しておくべきであろう。

その間 kodomozenkoku.net (子どもたちを放射能から守る全国ネットワーク)のように、バズビー基金やバズビー研究所とは無関係だとはっきりと距離を置くような声明が出てきた。協力団体が、バズビー博士がイギリスへ持ち帰った検体検査のための募金を呼びかけたとのことだが、これについては現在事実関係を確認中とのことだ(2011年9月20日現在)。[訳者による補足→参照ページ:http://kodomozenkoku-news.blogspot.com/2011/09/blog-post_20.html]

上述してきたウェブサイトのサーバー貸借人、ライアン・ファミリーについて調べてみると、次のような会社とのつながりが明らかになった。バズビー研究所法人(Busby Laboratory Inc.)-所有者:ジョゼフ・ライアン。ステム・セルズ・サイエンス株式会社(Stem Cells Science AG)、所沢市、日本。またこうも記載されている。エリクセル株式会社(ELIXCELL AG)、リジュヴァセル株式会社(Rejuvacell Inc.)、ステムセル・サイエンシーズ plc.(Stemcell Sciences plc.)、セルドン・テクノロジーズ日本株式会社(Seldon Technologies Japan AG、本社:ウィルミントン、デラウェア、アメリカ)

バズビー氏が2011年8月26日に日本で成立した放射性汚染がれき処理法をひどく批判しながら、バズビー基金およびバズビー研究所ホームページから多数リンクされている 4u-detox.com では、この法律は歓迎されるものであると書かれている矛盾に、多くの人々が異議を唱え、その理由を探しあぐねている。 4u-detox.com のサイト所有者はアメリカ、サンペドロのジョゼフ・ライアン氏である。[訳注2:4u-detox.com の法律に関する記述は、2011年10月1日に書き換えられている。修正前後の魚拓がこちらで参照できる。]

現在日本人を惑わせているこのサプリが、チェルノブイリ後のヨーロッパでも販売されていたか尋ねてみる人はいるだろうか?

効果がないから害もない?

カルシウム同様マグネシウムもドイツでは、おそらく日本でもそうだと思われるが、医療においては欠乏状態やある種の疾患の治療に用いられる。

その場合カルシウムでは、200~1000(-2000)mgが投与される。

このような場合には、そういった調合剤は医薬品と見なされ、薬剤の効果、副作用、相互作用についての批評情報誌「arzneitelegramm (アルツナイ・テレグラム)」でチェックされている。その同出版社から解説書として発行されている「医薬品教本1996/7版」には、カルシウム剤については「禁忌/予防策」の項で、カルシウム代謝の疾患、神経疾患、副甲状腺疾患、ある種の腫瘍や転移のある疾患においては、余分なカルシウムは投薬されるべきでない、もしくは細心の注意を持った容量と管理によって投薬されるべきと記してある。

一日につき4000mg以上の経口によるカルシウムの投与過剰においては、中毒症状が現れる可能性がある。様々な器官に合併症を伴った高カルシウム血症を引き起こす。子供の場合はずっと少ない量で中毒症状が現れるだろう。

(続く)

訳注1:※には説明がもう一文あるのですが、訳者の知識・力量不足で翻訳できずにおります。ここに原文をあげておきます。お詳しい方にご助言頂ければ幸いです。

【Auf Nachfrage erklärt Busby, das Calcium in den Tabletten, die das natürliche Mineralien-Angebot durch die Nahrung etwa verdoppeln, sei schließlich in der selben Gruppe im Periodensystem der chemischen Elemente wie Strontium-90, Strontium-89 und Barium-140 und sollte den Zugang der DNA-Phosphatsucher Uran- und Plutonium-Dioxid infolge des erhöhten Stoffangebots blockieren helfen.】

【セシウム137の放出、これまでの日本政府の確認、IAEAの見積りの2倍】

チェルノブイリの2.5倍の放射性キセノンが放出。地震直後、津波以前に放出開始。

 ノルウェー、オーストリア、スペイン、アメリカから成る国際研究者チームは、2011年10月21日に発表された研究論文 [1] で、福島の超重大事故によってチェルノブイリ事故の2.5倍の希ガス・キセノン133が放出されたとの結論に達した。さらに、2011年3月11日のキセノン放出は、既に日本時間15時頃地震によって、つまり津波到達以前に始まっていたという“有力なしるし”が存在するという。科学者にとってこのことは、14時46分の地震の影響によって原子炉に“構造上の損傷”が起こったということを示唆するものだ。

 「この研究結果はしたがって、地震そのものが --- 津波によることなく--- この超重大事故をもたらしたのではないという、原子力産業界、日本政府、またドイツ原子炉安全委員会までもが行なってきた説明が誤りである可能性がある、というさらなる証拠でもあります」とIPPNW 核戦争防止国際医師会議の原子力専門家ヘンリク・パウリッツ氏は解説する。「原子力発電所が、世界的に地震の危険に大きく晒されているということを過小評価しようという原子力ロビーの試みは、この新たな研究によって決定的に頓挫したと思われます。ドイツ原子炉安全委員会や他のドイツ政府機関が、もはやほとんど根拠を持たない津波理論にひたすらこだわっているのは驚きです。これはおそらく、フィリップスブルグ原発2号機やネッカーヴェストハイム原発2号機のような地震の危険に晒されている施設が、政治的議論の標的にならないようにするためなのでしょう。」

 ノルウェー大気研究所の権限のもと、ウィーンのオーストリア気象地球力学中央研究所(ZAMG)も参加して作成されたこの福島研究は、3月11日から15日までに16,700ペタベクレルのキセノン133放出があったと算出した。執筆者によればこれは、“人類史上もっとも大規模な民間への放出”であり、チェルノブイリの約2½倍のキセノン放出量となる[2]。

 このこれまでで最大規模の調査に、研究者たちは、日本、アメリカ、ヨーロッパにおける1,000に及ぶ放射能の濃縮および析出の測定を対象とした。

 この研究によると、2011年3月と4月の放射性セシウム137放出量は36ペタベクレルに達した[2]。この量は、福島第1原発1号機から3号機、および4号機冷却プールを合わせた総量のおよそ2%に相当するに過ぎないが、結果としてこの期間の放出量は、チェルノブイリ周辺に放出されたとされる量の42%にあたり、ということは日本当局がこれまでに認め、ウィーンのIAEAが見積もった量の2倍になると、この研究者たちは考えている。気象条件(卓越風、局地的な降雨)に基づけば、このセシウム137排出量の19%が日本に降り注ぎ、79%が太平洋上に、2%が他の国々に堆積したということだ。

 この研究によれば、1号機で最初の爆発が起きた、2011年3月12日という早い段階に起こっていた強烈な放射性セシウム放出も、これまで過小評価されてきた。あろうことか2011年3月14日と15日には、東日本の広い範囲が最大級のセシウム137放出によって汚染されたという。さらに2011年3月16日から19日の間に、予期しなかったほど多量のセシウム137の排出が起こったが、これは4号機冷却プールの冷却再開とともにはっきりと減少したということだ。

 およそ3,600万の人口を持つ東京には、とりあえず不幸中の幸いだったと言えることがある。2011年3月15日に最も濃い“放射能雲”が東京上空を通り過ぎたが、雨は降らなかったのだ。しかしながら2011年3月20日から22日の間には、福島第1原発の北部から、南は大阪にかけてという、本州のより広範な地域の上空に新たな放射能雲がやってきた。強い降雨が、都合良く全セシウム137を環境中から洗い流してしまったということも考えられる。東京を含む日本の広い範囲で、見過ごせないほどのセシウム汚染が起こっていたかもしれない。

 最初の日々がどれほど緊迫していたか、菅直人前首相は先ごろ明らかにした。当時の内閣は地震発生後、東京の住民の完全避難を考慮に入れていたという。それは、東京が立入禁止区域になるかもしれないということを意味するものだった。そう思ったとき菅氏は、日本は国家として再び機能しなくなるかもしれないとの懸念を抱いたそうだ。(了)

[1]
A. Stohl, P. Seibert, G. Wotawa, D. Arnold, J. F. Burkhart, S. Eckhardt, C. Tapia, A. Vargas, T. J. Yasunari: Xenon-133 and caesium-137 releases into the atmosphere from the Fukushima Dai-ichi nuclear power plant: determination of the source term, atmosphereic dispersion, and deposition. Atoms. Chem. Phys. Discuss., 11, 28319-28394, 2011. doi: 10.5194/acpd-11-28319-2011
http://www.atmos-chem-phys-discuss.net/11/28319/2011/acpd-11-28319-2011.pdf

[2]
1ぺタ=10の15乗=1,000兆。つまり、16,700ぺタベクレル=16.7 10の18乗ベクレル=1670京ベクレル。また、36ぺタベクレル=3京6千兆ベクレル。

2011年11月8日火曜日

【黒潮と親潮が福島からの放射能放出を太平洋に広げている】(見出しのみ)

Fukushima Dai-ichi Die Meeresströmungen Kuroshio und Oyashio verbreiten die radioaktiven Emissionen aus Fukushima im Pazifik

【日本から初のストロンチウム測定値】(見出しのみ)

Fukushima Erste Strontium-Meßwerte aus Japan

【日本政府とヨーロッパの国々の食品制限値は人々の犠牲を求めている】(見出しのみ)

Risikokalkulation Die japanische Regierung und die Regierungen Europas fordern mit ihren Grenzwerten Menschenopfer

【福島の子供たちは放射線業務従事者と同様に遇されている】(見出しのみ)

Japan Kinder werden in der Präfektur Fukushima wie Atomarbeiter behandelt

【原発大惨事とともに日本で生きる】(見出しのみ)

Fukushima Dai-ichi Leben in Japan mit der Reaktorenkatastrophe

2011年11月5日土曜日

『放射線テレックス』翻訳公開にあたって

さて、これより先『放射線テレックス』2011年4月号以降の、日本に関する記事の翻訳を進めて行きます。まず記事ごとに投稿を作成し、誌号数はラベルとして記します。記事見出しの訳を投稿タイトルとして掲げ、新しいものから順次内容を翻訳し公開する、という手順で進めたいと思います。未完成の投稿には、見出し訳に続けて(見出しのみ)と付け、内容翻訳に取り掛かった時点で(作成中)と変え、完成次第カッコ情報を外す、ということにします。「(見出しのみ)」掲示中には、本文にドイツ語の原タイトルを記しておきます。翻訳の訂正は気づいた時点で随時、記録を残さず行います。

2011年11月4日金曜日

『放射線テレックス』の歴史

放射能問題情報誌『放射線テレックス』がどのような経緯で発刊されることになり、現在までどのような活動を続けてきたのか、ホームページにある歴史の項を以下にご紹介したいと思います。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

チェルノブイリ事故の年、1986年の12月に「ベルリン独立放射能測定所」が活動を始めました。化学者ペーター・プリーニンガー博士と原子力技術士ベルント・レーマン氏が、ベルリンのモアビート地区にある商店のショーウィンドウ内に、いわゆるガンマ線測定所を開設したのでした。放射線測定器は、ベルリンの野外音楽場ヴァルトビューネで行われたチャリティーコンサートの収益によって、ベルリンの社団法人「放射線に反対する会」が購入したものでした。

それは情報機関誌『放射線テレックス』の誕生の時でもありました。初号は1987年1月15日に、工学士で科学ジャーナリストのトーマス・デルゼー氏の編集責任のもと発行され、それ以来途切れることなく出版されています。1994年からはブレーメンの生物学士ベッティーナ・ダンハイム氏、2001年半ばからはベルリンの医学物理学者セバスチャン・プフルークバイル博士が編集に加わりました。『放射線テレックス』は1989年5月までは2週間ごと、その後は月刊で発行されています。

1986年のチェルノブイリ原発事故後はじめの数年間、『放射線テレックス』が特に行なっていたのは、食品の放射能測定値を、商品名と製造者名を明らかにした上で公開することでした。そのように名前を挙げることは、公的な測定所では現在に至るまで禁止されており、独立運営の施設は、放射線テレックスがその価値と成果を特徴として示したものを必要としていたのでした。「商品試験財団」が行なっていた商品比較テストという形をとって、はじめての体系的な測定がひと通り、牛乳と乳児用食品について行われ公開されました。それによって、不安を感じていた小さいお子さんをお持ちの親御さんたちは、チェルノブイリ事故から9ヶ月経ってはしまったけれど、はじめて具体的で明らかな情報を手にしたのです。そしてその情報によって子供たちの被曝を、状況に応じてできるだけ少なく抑えることが可能になったのです。公的な測定所に制約があることによって、独立の測定所および刊行物が必要となったのでした。大きかったのは、個人、親たちの活動、社団法人「原子力の脅威に反対する父母の会」などによる支援でした。『放射線テレックス』の定期購読者は当時3,000にまで及びました。それによって、ベルリン独立測定所の活動への継続的な資金援助が可能になりました。また科学的な諮問機関委員による支援は、今日に至るまで大きな助けになっています。

『放射線テレックス』は早い段階ですでに、被爆の最小化を中心的なテーマとする専門情報機関に発展していきました。掲載された低線量被爆の影響についての議論は、環境放射線から、マンモグラフィーなどのような医療における放射線利用の分野にまで及んでいます。放射能測定値自体への世間の関心が薄れていくのに伴い、『放射線テレックス』への関心も変化していきました。例えば、クリュメル原発やエルプマルシュにあるGKSS原子力研究所周辺における白血病の増加をめぐる論争が示しているように、本誌は、この先放射能を多用していくのか、あるいは減らしていくのかということについての議論が繰り広げられている場なのです。

1993年12月、具体的な測定結果に対する関心が衰えたため、独立放射能測定所はその役目を終えることとなり、『放射線テレックス』はその後、特にキール、ミュンヘン、ウィーンなどで活動を続ける小さなフリーの測定所や市民運動に協力していくことになったのでした。

1995年4月からは、環境や健康における電気学や電磁学の分野に重要な専門情報部門「電磁スモッグレポート」を伴っていくことになりました。このレポートは、2005年末までは物理学士ミヒャエル・カルス氏、医師のフランホ・グローテンヘルマン医学博士、物理学のペーター・ニーセン博士、地学士モニカ・バトウ氏による監修で作成されました。2006年1月からはケルンの社団法人「応用環境研究所‘促進’」の生物学士イザベル・ヴィルケ氏によって監修されています。この電磁スモッグレポートには、非電離放射線の影響についての学術的な意見論争が批判的に伴われ、記録されています。

チェルノブイリ後はじめの数年間は、小さな子供をもつ親御さんのために特に意義のある、商品比較結果の定期的な公表として機能していた『放射線テレックス』でしたが、電磁スモッグレポート付き『放射線テレックス』は今日までに次第に、放射線防御、リスク評価、リスクコミュニケーションといった分野の専門情報としての役割を求められるようになり、ジャーナリストのリサーチ、医学や物理学の分野で情報を求める研究者、そしてとりわけ、放射能問題や放射線防護について詳しく知りたいという興味を持った一般の人々がそのきっかけを得る場となったのです。

2006年4月、ドイツ環境基金はトーマス・デルゼー氏に弟19回環境ジャーナリスト賞を授与し、20年に渡る放射線テレックスおよび電磁スモッグレポートによる独立した情報活動の功績を讃えました。

2011年11月3日木曜日

『放射線テレックス』とは

 ベルリンから発行されている放射能問題情報誌 『Strahlentelex』 が 『放射線テレックス』 という名で通っていることについて、また 『ドイツ放射線防護協会』 との関係について、少し説明したいと思います。

 ドイツ語 Strahlen (シュトラーレン)は日本語で「放射線」。Telex (テレックス、ドイツ語としてより正確に発音するならテーレクス)は、メールよりもファックスよりもずっと古い、文字通信の方法です。

 放射線テレックスの発行人であるトーマス・デルゼー氏に尋ねてみたところ、実は1987年1月の初号は〝Strahlentelegramm〟と名付けて発行したのだそう。Telegramm (テレグラム)は電報のことです。しかし別に〝arzneitelegramm〟(医薬品電報) という情報誌がすでに発行されていて、紛らわしいとクレームがついたために次号から〝Strahlentelex〟と改名することになったとのことでした。

 電報にせよテレックスにせよ、つまりはイラストや画像を含まないシンプルな文字情報、というほどの意図で名付けたそうで、私としては、Strahlentelex を「放射線情報」や「放射線通信」と訳したほうがわかりやすかったのではないかと感じます。「テレックス」って現代に生きる人間にはあんまりピンとこないし、なんか得体のしれない専門的なことを扱っているようで、ものすごく縁遠い印象を与えてしまうような。まあ実際内容は大変専門的なのですが、ひと目タイトルを見てすっと馴染まない感じがちょっと残念だなあという感じがしました。

 しかしデルゼー氏は「放射線テレックス」という名ですでに出ているなら、わざわざ別の名前を付けて混乱を招かずともいいのでは、とのことでしたので、誌名は放射線テレックスのまま、このブログのタイトルに放射線通信と使わせてもらうことに決めた次第です。

 さて、ネット上にいくつか 『放射線テレックス』 は 『ドイツ放射線防護協会』 の機関誌である、もしくは 『放射線テレックス』=『ドイツ放射線防護協会』 というような記述が見られますが、これはどちらも正しくありません。

 『放射線テレックス』 は1987年1月から、ベルリンのいわゆる市民放射能測定所の測定結果を伝えるために発行されるようになった情報誌、『ドイツ放射線防護協会』 は1990年に設立された放射能問題を考える専門家の集まりで、その機関誌は「オット・フーク放射線研究所報 Berichte des Otto Hug Strahleninstitut」であるとホームページに明記してあります。『放射線テレックス』 と 『ドイツ放射線防護協会』 は全く異なった背景から発生していて、それぞれが独立した一機関なのです。

 とは言え、ドイツ放射線防護協会の会長セバスチャン・プフルークバイル氏は放射線テレックスの監修に携わっているし、放射線テレックス発行人のトーマス・デルゼー氏はドイツ放射線防護協会の委員のお一人です(経理担当と協会ホームページにはあります)。またお二人は、2011年9月に発表されたレポート「あらかじめ計算された放射線による死:EUと日本の食品放射能汚染制限値」も共著なさっていて、大変近しい間柄であるのは確かです。

 ちなみに、ドイツ放射線防護協会のホームページに掲載されている協会の目的は以下の通りです。

ドイツ放射線防護協会は1990年に設立された。その理由は、それまでに既存の専門的な協会や連盟では、現在得られるようになった放射線リスクや放射線防護についての知識が十分には考慮されず、実行に移されていないとの確信を創立メンバーが持ったからである。

本協会は国際的な専門協会であり、定款に従ってとりわけ次のような目的を追求する:〝.....電離放射線および非電離放射線の有害な影響から人類および環境を護るため、でき得る限りの最善を尽くす。そのためには電離放射線および非電離放射線の取り扱いは、生物学的および医学的知識に基づいて是認されるものでなくてはならない。

 次投稿は 『放射線テレックス』 の成立の経緯とそのあゆみについてです。

2011年11月2日水曜日

放射能問題情報誌 『放射線テレックス』

 1986年のチェルノブイリ事故以来、ドイツ・ベルリンで発行されつづけている情報誌があります。『Strahlentelex シュトラーレン・テレックス』。これは現在 『放射線テレックス』 と訳されて、「日本における放射線リスク最小化のための提言」という2011年3月20日付けの文書などによって、目にされるようになってきました。

 『放射線テレックス』 は毎月初頭に発行されている、放射能問題に関する情報誌です。2011年4月号からは東京電力福島第一原発事故についての報告が掲載されるようになりました。私は縁あってこの4月号以降のものを毎月手にすることになり、内容はすでに日本で知られているものと大差ないかもしれないけれど、日本国内の視点とは違った角度から何か新鮮な示唆をもたらしてくれるかもしれないとの期待を持って、日本に関連する記事を翻訳して、このブログで公開していこうと思います。発行人にはすでに了解を得ています。

 ベルリンに暮らし始めてほんの一年あまり、私のドイツ語はまだまだ未熟です。翻訳には多々至らない点が散見されるでしょう。原文と照らし合わせてみたいという方は、こちらから、月6.99ユーロ(約750円)かかりますが購読できます。20ページほどの小冊子です。福島問題だけでなく、ドイツをはじめ世界各国の放射能問題やチェルノブイリ事故関連の記事、また電磁スモッグ問題についての定期レポートもあるので、関心のある方にはぜひ試していただきたい。購読は難しいけれど、私の訳が疑わしいので検証したいという方には個別に応じますので、メールでお問い合わせいただければと思います。翻訳に関するご批判は虚心にお受けする覚悟です。

 また、記事内容についてはもちろん、その他様々な意見交換のできる場になればと望んでおります。特に、放射能汚染を受けた地域では、避難したい人と、それを良しと思わずこのまま静かに暮らしていきたい人との間で意見がぶつかりあっている、というようなことを耳にしています。例えば、ひとり悶々と悩み続けている方は、心に秘めていることをここで吐露していただいてもいいし、この問題はいい加減終わりにしてほしいという方は、その思うところをお伝えいただいてもいいと思っています。3.11以後の日本を肌身を持って知らない私にとっては、現在の日本の状況を知ることのできる貴重な機会になるのでは、との期待も携えて、このブログを始めたいと思います。

 具体的な記事の紹介に先立って、次投稿以降『放射線テレックス』の名前の由来、成立経緯、発行人の紹介などをまず掲載していきます。